DISC REVIEW

旅するように移り変わる日々を綴った初のソロアルバム


SPECIAL INTERVIEW | 「THE TRAVELING LIFE」特設サイト


 

SPECIAL INTERVIEW


旅するように移り変わる日々を綴った初のソロアルバム



時間の流れと共につき合う人も変わるし日々会う人も変わるし、考え方も変わっていく。
その旅のような人生の喜びや悲しみが、音楽として素敵な形で作れたら素晴しいんじゃないかと思ったんですよね。

──4月に配信シングル“OH MY GOD”のインタヴューをした際、初めてのソロアルバムは「旅」をテーマにした作品になると話していましたけど。実際に出来上がったアルバムは、自分が当初思い描いていたヴィジョン通りのものになったのか、それともそれにプラスアルファ、何か気づきのようなものが生まれたアルバムになったのか、今はどういう感覚ですか。
「もうちょっと時間が経ってみないと客観的にはわからないところはあるんですけど、でも単純にアレンジだったりそういう話でいったら、想像以上に素晴しくなってるポイントもあるし。一方で、もうちょっとだなと思うところももちろんあるんですけど(笑)」

 

──それはアーティストあるあるですね(笑)。
「はい(笑)。けど全体としては凄くよくなったなと思います」

 

──このアルバムには、たとえば“ゆうちゃん”とか“夕暮れのハイ”とか、もう5年以上前、それこそandymoriをやっていた頃からあった曲も入っていますよね。こういう選曲も含め、アルバムを作ろうというモードに入ってから、どんなことをどんなふうに思い描いてここに辿り着いたんですか?
「頭の中では割と時間をかけてここまで来てるんですよね。構想は2年ぐらい前からなんとなくあって……当時は出す予定もなかったけど(笑)、でも、もし自分のアルバムを作るんだったらどんなのがいいだろう?って考えてて。その中でこの曲を入れようとか、あの曲はちょっと違うなとか、この曲とこの曲はタイプが似てるから外そうとかやってて………それで気づいたら出来上がってたようなラインナップなんですよ。“ゆうちゃん”だったり“夕暮れのハイ”だったりは、単純に自分がずっと好きな曲だからっていうのが大きかったと思うんだけど」

 

──2年くらい前に自分のアルバムを作るんだったらどんなものがいいかを考え始めた頃、最初に思い描いたのはどんなものだったんですか。
「実家の近所の公園の──ハナセ公園っていう公園があるんだけど、そこから取って『ハナセ公園の風』っていうタイトルどうかな、と思ったり。そんなことを考えてはいたんですけど」

 

──それってつまり、それくらい昔から自分の日常に近いところにあるような、自分の日々に根ざしているような作品を作ろうという感覚?
「そうだね、自分の根っこにあるようなものにしたいなっていうところを考えてはいて。僕が最初にファーストアルバムという形で世に出したのが『andymori』(2009年)だったんですけど、あれは自分の根っこというよりも、自分の24歳、25歳の時の情景っていう感じがするんですよ。割とあのアルバムに対して浮かぶキーワードって思春期とか青年期とかで、幼少期とかの感覚はあんまりないから。だからそういうところを掘り下げたらどうかなっていうのを最初は考えてたんですけど」

 

──そういうイメージがあったところから、「旅」というものがひとつのテーマとして浮かび上がってきたのはどうしてだったんですか?
「はっきり覚えてるのは、空港の保安検査場を通過して飛行機に乗り込んでいく時に凄い高揚感を覚えた時があって。その時に自分は旅がほんとに好きなんだなって実感したんですよね。あともうひとつ、『方丈記』に綴られている『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず』っていう詩の世界観が深く自分の中にあるものだって気づいてハッとするっていう体験をして……それで旅というのが浮かび上がってきたんだけど」

 

──その自分の中に深くあるその『方丈記』の一節が示す世界観って、もう少し具体的に言うとどんなもの? 
「絶えず人は生まれては死んでいくものであるということ、諸行無常であるっていうこと、かな。そういう感覚に触れると自分の心がスッと落ち着くようなところがあるんですよね」

 

──そういう感覚が自分の深いところにあるというのはその時期に気づいたこと? それとも昔から思ってたことなんですか?
「一番最初に教科書で見た時にハッ!とは思ったんですけど、とはいえ、それからずっとそのことを考え続けていたというわけでもなくて。だけどある時にその情景が自分の深い部分、それこそ根っこの部分にあるものに近いなと気づいた時があったんですよね。………2018年にネパールとインドを旅行したんだけど、その時に日本を離れてずっと旅をしているようなバックパッカー達に会って、凄く仲よくなって。その中に、ハルキくんっていう人がいたんだよね。彼はダンサーで、元々福岡のステージで踊ってるような人だったんだけど、そこから旅に出て今は移住者として向こうに住んでいて。で、ネパールのレストランでもハルキくんが『楽しい!』とか言って踊り出すと子供達が集まってきて一緒に踊ったり、歩きながらもずっと踊ってたりするような、凄く素敵な人なんだけど。そういうハルキくんや、他にも旅先に移住している日本人の人達と知り合って話をする中で、『この人達はみんな旅をしてるんだな、人生がそのまま旅のようだな』と思って………でもそう思いながらふと自分を振り返ってみると、自分も結構引っ越し好きで、東京に住んでる時も2年の(賃貸)契約更新ごとに引っ越してたなと思って。で、また福岡に移住することになり……と考えると、ずっといろんな国を渡ってる人達も自分も何も変わらないんじゃないかなって思ったというか。自分は日本に住んではいるけども、時間の流れと共につき合う人も変わるし日々会う人も変わるし、考え方も変わっていく。仲のいい人とは時間が経っても何回も会うけど、でもその人自身も自分自身も変わっていくし。そう考えた時に、人生って旅をしてるようなものなんだなっていうような感覚になって………その旅のような人生の喜びや悲しみが、音楽として素敵な形で作れたら素晴しいんじゃないかと思ったんですよね」

 

──まさにそういう、旅のような人生の中、日々の中にある喜びと悲しみとが純度高く入ってるアルバムだなと思うんですけど。そもそも自分がどこか一ヶ所に定住するというよりも、いろんな場所に行き、いろんな人と出会い別れという、そういう生き方をしてるのはどうしてだと思います?
 
「うーん……………でもきっと、そういう視点で見ないだけで、誰しもが旅をしてるものだっていうふうに思ってて。だから自分は特別そうだと思ってるわけではないんですよね。『人生は旅をしてるみたいなものだ』と気づくためのポイントとして、自分が旅が好きだったり引っ越し好きだったりっていうエピソードがあった感じ。一箇所に住んで動かん!みたいな人も、人生という旅をしてるんじゃないか。そういう解釈です」


 

自分の中に揺るぎないものがあるなっていう感覚はある。
意識してそれを描こうというよりも、それって自分の好きな音楽を全開で表現できたら自ずと見えてくるものかなって。

──今回のアルバムには“ローヌの岸辺”のように具体的な地名が出てくる曲もあるし、“旅に出るならどこまでも”や“HIGH WAY”のような旅をイメージさせるタイトルの曲も入っていますけど。これは旅というものになぞらえて作品を作ろうと思った中で出来上がっていった曲達なんですか?
「“旅に出るならどこまでも” 、"君の愛する歌"はそうですけど、他の曲はできてた曲です。だからこのアルバムを作ろうと思って作ったというよりは、今の自分の状態ってなんだろう?っていうのを形にするっていうやり方ですね」

 

──なるほど、だから“スランプは底なし”みたいな曲も入ってる、と。
「そうですね(笑)。“あの日の約束通りに”とかも、直接的に旅の歌っていうわけではないけど、それも入れたいなと思ったし」

 

──でも、旅が人生だったり日々の移り変わりを表すのだとするならば、これはまさしく旅の歌ですよね。
「そう。このアルバムに入ることでそうなるというか」

 

──このアルバムを聴いていると、変化を求めて旅をするというよりも、場所が変わったり、自分の目の前にある景色が変わっていったとしても、それでも変わらずに流れている何か、存在する何かを見出そうとしているようにも感じるんです。そう言われてどうですか?
「ああ、その気持ちは凄くあるんですよ。自分の中に揺るぎないものがあるなっていう感覚はある。で、意識して描こうというよりも、それって自分の好きな音楽を全開で表現できたら自ずと見えてくるものかなっていう……そういう感覚は今回のアルバムに限らず、自分の曲作りだったり音楽を奏でるっていうことにおいては常にあるような気がしてて」

 

──壮平の歌には昔から地名が出てくることって時々あって。たとえばandymori時代の“青い空”にもインドの地名が出てきたりーー。
「“グロリアス軽トラ”とかね」

 

──そう。だけど別に異国を描くことが目的ではなくて、場所が変わっても出会う人が変わっても、日々の中にある喜びや悲しみだったり、あるいは真実や愛、光みたいなものを見出してそれを綴っていくことが、そのまま歌になっているようなところがあって。別の言い方をすれば、壮平はいろんな日々を旅しながらそれをずっと探し続けていて、それを見出した時に歌が生まれていったり、あるいは探し続けている中で葛藤したことが歌になっていったり、そういう感覚があるんじゃないかという気がするんですけど。
「そうですね、歌ができるっていうのはそういうことだと思う。でもそこまで意識的に、この人生でこれがやりたいからこうしようっていうのをやってるわけではなくて、ただやりたいと思ったことをやってるような気はするんですけど。ほんと、ただ行きたいと思ったところに行ったり、この人がいいなと思ったらその人に話を聞いてみたり、とかね。ただ、音楽はそこに絶えずあってくれるもので。…………俺ね、旅の途中で誰かと出会って、その人が好きな歌を歌うことが凄く喜びで。その気持ちが“君の愛する歌”になってるんですけど。……俺はそういうものを求めてるんだけど、でもずっとそこにいるわけにはいかない。歌はずっとは続かないし、自分も同じところにずっといられるような精神ではないので。もちろん人が嫌になることもあるし、いろんなことが嫌になったりもするけど、でもまた音楽の旋律に惹きつけられてやりたくなるんですよね。もちろん仕事として音楽をやらなければいけない時も0ではないけど、でもやっぱり、自分はずっと心から音楽をやりたいし歌を歌いたいと思えてるから。そういう存在として音楽は常にあって、それは揺るぎないものです。離れてもずっとそばにあるもの。………自分が死んだ後も音楽の歴史は続いていくから。ちょっと壮大な話になっちゃうけど、そうやって揺るぎなく音楽が流れていて欲しいなっていう気持ちはあるんですよ。……まぁこの話はこれくらいでいいかな。あんまりこういう話してもね(笑)」

 

──(笑)。でも、凄くいい話ですよ。
「ありがとう(笑)。でも、ライトに楽しんで欲しいっていう気持ちも凄くあるから。だからあんまり哲学的な感じになりたくもないなっていう……もちろん、自分の深いところを聴いてくれるっていうのも嬉しいんですけどね。でも、たとえばドライブしながら単純に楽しんで欲しいって気持ちもあるし。このアルバムって大体48分くらいなんだけど、高速道路で次のサービスエリアまでの間にパッとかけて楽しんでくれたらいいなとか、そういう気持ちもあるから」

 

──それこそ“Kapachino”とかはとても軽快なロックナンバーだし、哲学的な問いを感じさせるものとはまた違う、“スランプは底なし”や“ベロベロックンローラー”みたいなファニーな楽曲が入ってるというのは、今話してくれたような楽しんで欲しいっていう部分もあるんでしょうね。
「うん。あと旅って、景色が変わっていくものでもあるから。そういう意味でもいろんな景色を感じられるようなアルバムにしたかったのもあるし。………旅が好きで楽しいっていうのがひとつ重要だと思うんですけど。旅が好きっていうのがそのまま自分の人生が好き、自分のことが好き、世界のことが好き、そういうものに繋がっていけば幸せだなと思います」


 

自分がまっすぐに人を見つめることによって、その人もそういう想いを自分に対して持ってくれたりすることも増えるし、そういう出会いも増えると思うから。
自分に対して適当な扱いをする人に自分の本当の悩みだったり、本音を打ち明けようとは思わないじゃないですか。

──1曲目の“HIGH WAY”について訊きたいんですけど、この曲をリード曲にしたいと思ったのは、どんな想いからなんですか?
「“HIGH WAY”は歌詞がよく書けたなと思って。凄く悩みやすい性格だったりするんだけど、そういう自分を少し助けてくれるような楽曲で……そういう意味では、自分の頭の中の告白的な要素もちょっとあります。だから同じような境遇の人が聴いたらきっと、いいなって思うんじゃないかなとも思うし、曲としても1曲目に来るのにいいなと思って。そんなに凄く熟考したわけじゃないけど、感覚的にこれが1曲目だなってスッと決まったような感じがあった」

 

──最近書いた曲なんですか?
「うん、新しいほうですね、去年の冬とか、そのあたり」

 

──2番の歌詞が告白的な要素があると思うんですけど。<誤解されないように生きるなんて無理な話/そんな気持ちもすべて流れていくのだから/面倒くさいやつも爽やかなひともいい>という後に続けて歌われる<誰が現れたってまっすぐに見つめよう>という言葉、あと最後のヴァースで歌われる<じーっとその一点を捉えていればいつかは訪れる光が必ずあるから>という言葉は非常に壮平らしい、小山田壮平という人を表しているラインだなと思うんですけど。
「そうかもしれない。……そういう生き方をしてる人って、全体から見ると少ないような気がしてて。偶然でも何でもその時にその人と出会ったということだったり、たくさんの人間がいる中で今こうやって対面して話してるっていうことだったり、そういうこと自体にあんまり注意を払わない人が多いような気がするんだよね。もちろんみんなそれぞれに感じてるのかもしれないけど、ただ僕の場合は、そういうことに何か神秘のようなものを感じているというか………それこそ『方丈記』的な、世界の大きなうねりの中に自分が存在してて、その中で何か神秘的な力によって誰かと出会い対面するという感覚をどれくらい強く持ってるかっていうことだと思うんですけど。僕はそこが強いんだと思いますね」

 

──プラス、<まっすぐに見つめよう>という、つまり相手がどんな人であっても目の前にいる人とちゃんとまっすぐに向かい合おうという、その姿勢がとても壮平らしいと思ったんです。そうすることで嫌な想いをすることもたくさんあると思うんですけど、でもまっすぐに見つめることをやめない、諦めないという。それはなかなか簡単にできることじゃなくて。
「そうなんですよね。でもその弊害についても“HIGH WAY”では歌ってて。やっぱりそれによって人間関係に悩まされることも凄くあるから、どっかでこれは時間の無駄だって決別しなきゃいけない場面もあって(笑)。そういう痛みを和らげるようなものも表現しながら、それでもまっすぐに進んで行こうって表現できたのがよかったなと思ってます。そういうふうに生きていくのが自分にとって心地よいポイントなんですよね。根拠はないけど神秘的にものごとを捉えて考えるとか………そういうふうに生きていくのが楽しいし、実際に自分がまっすぐに人を見つめることによって、その人もそういう想いを自分に対して持ってくれたりすることも増えるし、そういう出会いも増えると思うから。自分に対して適当な扱いをする人に自分の本当の悩みだったり、本音を打ち明けようとは思わないじゃないですか。だから、そういうふうにまっすぐ向き合う人生のほうが楽しいんじゃないかとは思います。自分は元々はそういう人じゃなかったんですけど」

 

──そうですか?
「うん、特に大人になるまではもっとひねくれてたと思う。幼少期はまっすぐ向き合ってたと思うんだけど、中学・高校・大学あたりは自分の中で捻れてしまってた部分があって、ちゃんと人と向き合うということをしなかったんですよね。それこそ自分の世界に閉じこもって、適当な感じで過ごすことが多くて………そうやって自分が殻に閉じこもってた時に、自分に対して向き合おうとしてくれてた人達のことが今になって凄く思い出されるんですよ。あの人は自分と仲よくしたがってたのに、なんでまっすぐ向き合わなかったんだろうとか、そういうことを思うことも結構ある」

 

──私が壮平と初めて深くいろんな話をしたのはandymoriのファーストアルバムが出る少し前、2008年の末だったと思うんですけど。当時24歳でしたけど、その頃はもう閉じこもってる感じではなかったですよね。当時はまだ付き合いも浅かったけど、むしろ「自分はこう思うんだけど、どう思う?」ということをもの凄く突っ込んで聞いてきたし、それでとことん話した記憶があります。何があって変わっていったんですか。
「大きいのは姉のことがひとつあるんですけど(事故で姉を亡くしている)………ただ、その24歳の頃よりも、時を経るにつれてもっともっとそういう想いは強くなっていて。けど、そういう人との接し方って、時に相手に対してもの凄く圧を与えてしまったりすることもあって。だからあんまり強くなり過ぎるのも考えものだなっていうのはあるんだけど(笑)」

 

──(笑)。
「それでも強くなっていってる感じはあります」


 

その時代その時代を必死で生きた人達の表現が形になっていった、その歴史に惹かれるんですよね。
そういういろんな表現者達の歴史があるから、自分はひとりじゃないっていう感覚がある。

──もうひとつ“HIGH WAY”で訊きたいんですけど。<じーっとその一点を捉えていればいつかは訪れる光が必ずあるから/迷い込んでも目眩に襲われても 諦めないで 君の声を響かせよう>という言葉も凄く印象的な、 非常に壮平という人の考え方を表す言葉だなと思うんです。これもずっと自分の中で大事にしている感覚なんですか?
「そうですね。自分が信じるものをまっすぐに追いかけていたら、それが報われる………こういう言い方をすると『努力し続けば夢が叶うなんて、現実はそんなもんじゃないんだよ』と言われるようなことってよくあるんですけど。でもそんな俗なイメージではなくて、頑張ってたらなんかいいことがあるんだよねっていうのは、自分の経験としてあるから」

 

──目を逸らしてしまったら見えないけど、諦めずにいたらそこに喜びを見出せたり、何かを見出せることはありますよね。
「そう。僕は音楽を作ってるから、だから<君の声を響かせよう>っていう歌詞なんですけど………ミュージシャンだったり表現者だったりって、きっとそれをためらってしまう時もあると思うんですよ。もちろんこの歌はすべての人達に届くようにと思ってるんですけど、その中でも、そういうミュージシャンや表現者の人達のことをちょっと考えたところもあって。なんかね、俺に言われたくないだろうけど、凄く頑張れというふうに思うんですよ。いろんなミュージシャンがいて、その中には一見報われてないような人だったり、ふてくされてしまってる人もいて、だけど何か自分の中にある綺麗なものを音楽にしようと作っていて。そういう人達に対して、『あなたがいい歌を歌ってるの、僕は知ってるよ』っていうことを言いたかったというか、そうやって一緒に生きていこうっていうような想いを込めているところもありますね」

 

──壮平自身にも、報われないと感じる時や、音楽が届かずにうなだれてしまう時、ふてくされてしまう時もあったと思うんですけど、それでも自分の中にある綺麗なもの、光のようなものを歌にしていくことを諦めずに続けてきていて。その道のりはただ穏やかな幸福に包まれていたものでは決してなかったと思うんですが、それでも自分が人生を懸けてそれをやり続けてこれているのは、どうしてなんだと思います?​
「音楽さえあれば何もいらないっていうようなことはないんですけど、ただ、音楽が好きだという気持ちは泉のようにずっと湧き続けてるものだから。それをこうやってアルバムにして世に出すみたいなことは聴いてくれる人がいないとできないんだけど、でもそれとは関係なく、何にせよそれを表現し続けるっていうのは自分にとっては自然なことだと思います。ほんと湧き出る泉のようなもので、そこに理由はあんまりない気がしてる。そういう音楽の歴史がずっとあると思うし……だから自分は、音楽というひとつの歴史のファンっていうところもあるのかなと思ってて」

 

──それってつまり、昔からずっと連なり流れてきている音楽という歴史のファンだし、自分もその一端になっていきたいっていう想いがあるということ?
「そうね。なんというか、人間が頑張って繋いできたいろんな歴史の中に音楽史っていうのもあって。そういう人間の音楽史自体が好きっていうか………その時代その時代を必死で生きた人達の表現が形になっていった、その歴史に惹かれるんですよね。で、その中に自分もいる……だからひとりじゃないっていう感じはあります。もちろんそこには音楽史だけじゃなくて、あらゆる表現活動の歴史っていうのがあって。絵画にしろ建築物にしろ、遠い昔の人が何を想ってその表現を遺したか──たとえばゴッホの絵を観ると、この人も同じように人生と向き合って、自分の孤独と向き合ってこの絵を描いたんだなとか、そういう想いが伝わってくるから。自分が体験してないような凄く激しい戦争であるとか、そういう状況下で作られたものにはやっぱり凄く考えさせられたりもするし。その上で今、自分がここに生きているっていうことに立ち返って、また考えることも多いしね。そういういろんな表現者達の歴史があるから、自分はひとりじゃないっていう感覚がありますね。それが音楽を作り続ける理由になってるわけではないけど、でも、そういうことを思うことによって、また頑張ってやろうっていうような力が出てくるところはあると思う」

 

──今話してくれたことはそのまま、今回の『THE TRAVELING LIFE』がどうしてこういうアルバムになったのかを表してるように思いました。
「そうですね。そうやって川の流れのように繋がっているというか、移り変わっていく中にある何かというか……上手く言えないけど(笑)」

 

──日々の中にある喜びも悲しみも、変わっていく景色の中で自分が見つめ続けているものも、一つひとつ大切に向き合って表しているようなアルバムだなと思います。
「うん、そうあったらいいなと思います」


 

今は、自分は生きてる限り音楽をやるだろうなっている気がしてますね。
そこは自分でも揺るぎなくなったと思う

──ちなみに、今回のアルバムはandymori時代からの盟友である藤原寛がベースを担当し、Gateballersの濱野夏椰がギター、Gateballers/ナツノムジナの久富奈良がドラムを担当しています。このメンバーでのレコーディングはどうでした?
「みんな素晴しい感性を持ってるミュージシャンだし、自分の気持ちも凄く汲んでくれる人達なんで、楽しかったし助かりましたね。ビックリするようなアレンジになって凄いなと思うこともあったし」

 

──小山田壮平名義でのアルバムは、今後もどんどん出していこうと思ってるんですか。
「もう1枚はぼんやりと頭の中にあるんですけど、でもそれはまだ形には全然なってなくて」

 

──ぜひ作って欲しいです。
「ちょっと約束はできないですけど」

 

──あははははは、約束はできないんだ(笑)。
「うん(笑)。もちろん意欲はあるんだけどさ、約束すると義務になっちゃうでしょ。それはちょっとな……と思うから(笑)」

 

──わかりました(笑)でも、今日の話を聞いてても、このアルバムを聴いてても、壮平はこの先もずっと音楽を作っていくし、歌っていくということは間違いないなと思うので。だから楽しみにしています。
「うん、そこは自分でも揺るぎなくなったと思う」

 

──それは前よりも?
「うん。ずっと前に、GOING UNDER GROUNDの(松本)素生さんに『音楽は続けていくんでしょ?』って訊かれたことがあったんだけど」

 

──それってandymoriを解散した時の話?
「だったかな、ちょっと記憶があやふやだけど(笑)。で、その時は『どうなんすかね? 違うことに興味が向くこともあるかもしれないし』って答えたんだよね。そうしたら素生さんが『そんなことないよ! きっと壮平はずっとやるよ!』って言って(笑)。まぁそんなもんかなと思ってたんですけど、でも今は、自分は生きてる限り音楽をやるだろうなっていう気がしてますね」

 

──当時と今で何が変わったんだと思います?
「なんだろう……形は変われど常に作品を出し続けてる自分を見てて実感したところも大きいと思う。こいつは変わんないだろうなって(笑)。だから………うん、音楽はやり続けると思うし、ここから何年かで自分にとって重要な作品が生まれていくんじゃないかという気もしています」

 

INTERVIEW & TEXT:有泉智子

 


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